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2021/4/6 社員に聞いた 社員に聞いた vol.7 ~別け隔てなく何事も柔軟に対応する~

 

第6回目のインタビューを終えて担当者Xは
これまでのインタビューを振り返った。
(´-`).。oO(それぞれ個性があったなぁ
(´-`).。oO(当たり前だけど色々な考え方があるなぁ
(´-`).。oO(どの考えも素敵だなぁ
(´-`).。oO(次はどんな素敵な話が聞けるのかなぁ…

7回目は千葉喜孝企画設計係長に様々な話を聞きました。

 

 

自己紹介と今昔物語

 

 

マスクにも慣れたよね、と話す千葉喜孝企画設計係長

 

それでは早速質問です。ど…

どうしてこの業界に入ったかでしょう?もうだいぶ昔の事だから忘れてるけれども、考えられるとしたら、私は工業高校の土木科出身だということです。当時は進学率がほんの数%で、就職するのが一般的だったんです。今はイズム・グリーンですが私が就職した時はまだグリーン土木開発でした。

 

ありがとうございます。
…働き出した時と今とではやはり違うものなのでしょうか?

もちろん違います。当時は図面が手書きだったし、数量も手計算でした。メールなんて無いから連絡手段は全て電話と郵送です。様々なハードやソフトが開発されて、どんどんデータの処理速度が上がりました。そうして効率化されたおかげで、より細分化したデータをひろえるようになったし、よりたくさんのデータを処理できるようになりましたよね。その良い例が弊社でも導入した3Dレーザースキャナーじゃないでしょうか。あれだけの点群データを人力で処理するのはもう不可能ですから(笑)

 

 

 

全ての感情を通り越すと”印象に残る”

 

様々な仕事をされてきたと思いますが、一番印象に残っている仕事は何ですか?

駅前と神楽を繋ぐ氷点橋という橋があるでしょう?あの橋は遠目で見ると1つの橋に見えるんだけど、実は2つの橋で出来ているんです。

 

そうなんですか?知らなかったです。

もう10年くらい前の話だから、最近旭川に来た人や若い人は知らないと思うんだけど、旭川駅周辺開発って結構話題になったんですよ。北彩都あさひかわはその土地区画整備事業の愛称なんです。神楽側が氷点橋で、堤防をはさんで駅側の橋は北彩都橋と言います。その北彩都橋の土留擁壁の設計が一番印象に残っています。当時の私は杭基礎の設計を行ったことがなく、勉強しながら、色々な方に相談しながら進めました。杭を打つと音や振動が出ますが、無騒音無振動工法や低騒音低振動工法という施工方法があります。街中だし近くに病院もあるので環境条件や施工条件などを十分に検討し、関係各所と打合せをしながら設計を進めました。発注された内容だけを考えるわけではなく、旭川のシンボルとなる区画整備事業の中の1つなので、当然その他の場所のことも考えながらの検討になります。有名なところだと、新神楽橋は背景になる神楽岡公園との景観を考慮してアーチ橋にして、クリスタル橋と氷点橋はシンプルな桁橋にした、という話があります。

 

 

北彩都橋から見る新神楽橋。晴れた日は雄大な大雪山系と神楽岡公園の緑が楽しめる。

 

私は現在の景色しか知りませんが、確かに駅周辺の景色は旭川の顔と言っても過言ではないと思います。

昔は駅前の道路に電線がありましたが今はないですよね。無電柱化の最大のメリットは防災です。電柱が無くなることによって地震等の災害が起きたとき、倒れた電柱で道が塞がれることもないですし、むき出しになった電線に触れたことによる火災などの二次災害が起きることもないですからね。でも道路には照明や信号が必要なので、どうしてもその分は支柱を立てなければいけません。できるだけ少ない数にしたいので照明柱に信号を設置できるようにしました。実際に行ってみるとわかるのですが、あの辺一体には最低限の支柱しかないんですよ。そして、橋には橋歴板というその橋についての情報が書いてあるプレートがあるのですが、擁壁板というのもあって、北彩都橋の擁壁板には社名が入っているはずです。

 

 

 

いつも通っている道ですけど、そういう視点で見たことが無いので、次通る時は注意深く見てみようと思います。

これは設計の醍醐味かもしれませんが、自分の設計したものが実際にできて、それを見たり使ったりしていると、今でも「あの時あんなことやこんなことがあったな~」と思い出すことができます。たくさん苦労したこともあったし、考えることもありました。でもその分だけやりがいがあるし…嬉しかったとか辛かったとか、そういうのを通り越して印象に残ります。たくさんの地元企業が区画整備事業に関わっているので、もし他社の方と話す機会があったら「当時の旭川駅周辺区画整備事業って大変でしたか?」って聞いてみたらいいですよ。きっと色々教えてくれると思います。そこから新しいコミュニケーションが生まれるかもしれませんね。

 

 


業務外での交流が業務内でも生きてくるのですが、前と同じようにはいかないでしょう…

 

 

Communication = Chance

 

弊社テーマの3Cですね。ところで千葉係長の3Cって何かありますか?

そうですね…これはチャレンジでもありコミュニケーションでもあるのですが、趣味をつくって異業種の人との交流をしてみたいと思っています。これだけ長い間働いていると、良いことも悪いことも含めて、本当は当たり前ではないんだけど当たり前だと思ってしまうんですよね。ある程度自分のやり方というのが確立されてくるから、もしかしたらそこに改善点があるのもかもしれないけれど、それに気付くことができなくなってしまうと思うんです。さっきXさんが「そういう視点で見たことが無い」って言ったでしょう?まさにそういうことで、業種を超えて交流することで、自分が知らなかったことや様々な考え方を知って、新たな視点で物事を見ることができたら世界が変わってくるんじゃないかな、と思っています。そういう意味では、若い世代にどんどん意見を言ってほしいな、とも思います。「それいいね」ってなるかもしれないし、「とりあえずやってみるか!」ってなるかもしれない、今の感性で考えていることっていうのを聞いてみたいですよ。

 

 

私は人見知りなところがあって、慣れた人でないと自分の意見を言えないので、なかなかハードルが高いかもしれません。

誰しもがそうだと思いますよ。それこそバブルの時代は仕事時間以外でのコミュニケーションが多かったんです。そこでどんな人か、どんな考え方をする人かを知って、仲良くなって、ということができました。今はプライベートの充実も図られていて、選択肢が広がりました。これはとても良いことなんですが、世代を超えたコミュニケーションをとる時間が減っていることは事実で、新型コロナウィルスの影響もあって会社全体での歓迎会や親睦会行事等もできなくなってしまっていますよね。だからこそ、それに代わる新しい生活様式でのコミュニケーションの時間を作ることが必要だと思いますし、そういう時間を通して少しずつでも意見を言えるようになって欲しいと思います。

 

頑張ります。

 

意見を持っていることは幸せ

 

それでは最後の質問になります。学生時代の自分に出会ったとして、自分にアドバイスをするとしたら、どんな言葉をかけますか?

「自分のやりたいことがあるならちゃんと意見を言って相談したらいい」ですね。学生の時って周りの友達と自分を比べてみたり、なんとなく他人に合わせたり、大人の言うことをただ聞いているだけだったり、意見を言ったら複雑になりそうだから黙っていたり…と様々な場面で自分の意見があるのに言わないことって結構あると思うんです。そして”言わなかった事”に対して、落ち込むのではなく「別にいいか」って流すことがほとんどだと思うんです。でも、もしそこで意見を言っていたら違う未来になりますよね。そもそも何か意見があるというのが素晴らしいじゃないですか。当時の私に「将来の夢は?」と聞いたら答えは「世界を股にかけて活躍する人」って言っていたと思うのですが、そこに根拠や具体性がなかったんですよね。だから、意見があること、やりたい事がはっきりしていることは幸せなんだと、今なら思えるんです。それが自分だけでどうにかなることなのか、友達や家族なども巻き込まないとできないことなのか、で違ってくると思うのですが、もし後者であれば相談したらいいんです。例えば、しっかりとした目標があって東京とか海外とかに行ってみたいという想いがあるんだったら、家族に自分の意見を言って話し合うことが大切だよ、と伝えたいです。

 

 

今やりたい事は海外リゾート地訪問です、価値観が色々変わりそうな気がします。と千葉係長

 

 

勉強になる話がたくさん聞けたなぁ_φ(・_・

まだまだ知らない事がたくさんあるなぁ( °o°)

もっと勉強しないと…がんばろう╭( ・ㅂ・)و

 

-担当者Xは前向きになった-

 

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